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3 突然抱き着く理由なんて色々ある

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-05-15 08:53:27

 転校生と湊は、どうやら知り合いのようだ。

 再会した二人の抱擁にクラス中が湧き上がる中、芙美は入試の時に咲と初めて会った時の事を思い出していた。緊張しながら教室へ踏み込んだところを、待ち構えた咲に突然抱き着かれたのだ。

 ――『会いたかったよ』

 同じだなと思った。けれど、真っ赤な顔で目を潤ませる咲と芙美は初対面だ。受験当日という事で困惑してしまったが、後に咲が説明してくれた。

 ――『この町の学校は女子が少なかったんだ。だから外から可愛い女の子が来てくれたのがとっても嬉しかったんだよ』

 確かに新入生15人のうち女子は5人で、地元出身は咲1人しかいない。他はみんな町の高校へ行ってしまったらしい。そんな記憶を重ねながら斜め前の席に座る彼女を伺って、芙美は『あれ』と首を傾げた。湊たちを見つめる横顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいたからだ。

「そろそろいいですか?」

 担任の中條の声で湊が「はい」と素っ気なく席に着くと、転校生が黒板の前へ戻って何事もなかったように自己紹介を始めた。

 小さく唇を噛んだまま彼に向けられた咲の視線は、怒りさえ含んでいるようにも見える。

「咲ちゃん……?」

 音にならない程の声でそっと呟いたところで、芙美の視界を人影が塞いだ。「よろしく」という男子の声に顔を上げると、今しがた教壇の横に居た転校生が目の前で芙美を見下ろしている。

 自分の席が空席を置いて一つ後ろに下げられていた理由は察していた。それなのに咲に気を取られているうちに、彼の自己紹介を聞き逃してしまったらしい。

「よろしく。えっと……」

 慌てて黒板を見て、彼の名前を確かめる。

「長谷部(はせべ)、智(とも)くん」

 「おぅ」とはにかんで、智は前の席に腰を下ろした。咲はこちらを振り返ろうとはしない。

 中條は教壇に手をつくと、改めて話を始めた。『夏休みを終えて、新学期への心構え』と題した内容に、クラス中が上の空状態になる。そんな中、智が窓際の湊へ一方通行の視線を飛ばしているのに気付いて、芙美はそっと声を掛けた。

「長谷部くんって、湊くんの知り合いなの?」

 彼の行動が気になって、聞かずにはいられなかった。湊とはいつも色々と話はしているつもりだが、特定の友人というのは彼の会話に登場したことが無い気がする。しかも会った瞬間に抱擁を交わすなんて、ただの友達とも思えない。

「気になる?」

 廊下側の壁に背を当てて、智は悪戯な笑顔を見せた。

 彼は「うん」と大きく頷いた芙美に、「そうだよ」と答える。

「それって、二人が男同士で……」

 芙美があらぬ妄想を切り出した所で、智は「違う違う」と右手を振った。

「俺たちは昔から知り合いなんだよ。生まれる前からの。17年ぶりに会ったら、抱き着きたくもなるでしょ?」

 芙美は「えっ?」と瞳を開いて、混乱したまま「そう……かな」と首を傾げた。

   ☆

 芙美の頭を疑問符でいっぱいにさせた智は、「ナイショ」だと笑うばかりでそれ以上の説明は何もしてくれなかった。

 真相の分からないまま下校時刻になって、いつものように咲が「帰ろう」と芙美の所に飛んでくる。智の事ですっかり忘れていた彼女の涙を思い出して、芙美はそっと声をひそめた。

「咲ちゃん、今日泣いてなかった?」

「泣いてた? 私が?」

 昇降口に向かいながら、咲は身に覚えのない顔で首を捻る。

「ほら、湊くんが転校生の長谷部くんと……」

 芙美がそこまで説明したところで、咲は「あぁ」と手を打った。

「男同士で抱き着くなんてキモイって思っただけ」

「えぇ?」

 それであんな顔をするとも思えないが、「いいのいいの」と咲に肩をバンバンと叩かれて、はぐらかされてしまう。芙美は「もぅ」と唇を尖らせた。

「みんな私に隠し事ばっかりしてない?」

「みんなって?」

 言ってもいいのか迷ったけれど、モヤモヤしたままの気持ちを共有したくて、芙美は智の言葉を咲に伝えた。口止めされてもいないし、何度考えても意味がよく分からない。

「ねぇ、おかしなこと言うでしょ? 何なんだろう、『生まれる前からの知り合い』って」

 そのワードがどうしても引っ掛かる。スッキリしない気持ちで溜息を零す芙美の隣で、咲がピタリと足を止めた。

 一瞬きょとんとした彼女が突然前方を睨みつける。

「咲ちゃん?」

 校門の方向で、まさに話題の二人が肩を並べて歩いていた。

「ほぉぉお。あいつらは、生まれる前から仲良しこよしだったって訳か」

「そういうことなの……かな?」

 咲の言葉に納得しつつも、そんなこと実際にあるわけはないと芙美は思っている。

「面白い。聞き出してやろうじゃないか」

 咲は悪だくみする悪代官よろしく、不気味な笑顔を芙美に向けた。

「芙美、この後クリームソーダ食べに行こうよ」

「えっ本当? 久しぶりに行きたかったんだ」

 咲の提案に、芙美は声を弾ませる。

 白樺高校生徒の憩いの場である、駅前の田中商店で売られているクリームソーダが芙美は大好物だった。夏休み中はこっちに来ることもなく、一学期の終業式の日以来1ヶ月食べていない。

「じゃあ、決まりだな」

 咲はニカッと笑って校門へ向けてダッシュする。

 そして風紀委員の伊東も驚くような猫なで声で、ターゲットの二人を呼び止めたのだ。

「ねぇ、そこのお二人様ぁ。待って下さらなぁい?」

 咲の声に振り返った湊が、化け物にでも遭遇したような顔をしたことは言うまでもない。

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